こども会からお知らせ

優秀作品

低学年の部

「わたしのかぞく」
阿佐谷北支部 小一 杉浦 玲希
 
 わたしのパパの好きなところは、やさしいところです。いつもはおしごとがいそがしくて、なかなかあえないけれど、おやすみのひは、バトミントンやサッカーをしてあそんでくれます。
 わたしのママのすきなところは、おりょうりがじょうずなところです。ママがつくってくれるからあげやぎょうざがおいしくてだいすきです。
 わたしのおにいちゃんのすきなところは、わたしがこまっているときに、すぐたすけてくれるところです。
 まえにしぶちょうせんせいが、たくさんのごせんぞさまがいてわたしがいるとおしえてくれました。ごせんぞさまに「ありがとうございます」というきもちを、いつもたいせつにしたいとおもいます。

中学年の部

「いつも心はいっしょ」
江戸川支部 小四 野瀬 心花
 
​ わたしが小さい時、お母さんがわたしをだっこして階段を下りていた目の前で、大おばあちゃんが足をすべらせて落ちて頭をうってしまい、入院してしまいました。
 大おばあちゃんが入院してから、お母さんやおばあちゃん達は、毎日大おばあちゃんの病院に通っていました。みんな、大おばあちゃんが元気になるのを願っていました。大おばあちゃんがさみしい思いをしないように、会いに行きました。お母さんといっしょに行きたかったけれど、わたし達は、お見まいに行けないので残念でした。毎日行くお母さん達は、すごいなぁと思いました。
 お正月に一度だけ、大おばあちゃんが帰って来れた日、おせちりょう理が少し食べれたので、うれしかったです。お姉ちゃんといっしょに、大おばあちゃんを笑顔にしてあげられるように、たくさん話しかけて、手をさすってあげたり、楽しい時間をすごしました。
 だんだん弱って、一時間以上かけて、食べ物を食べさせたり、顔や手足にいいにおいのするクリームをぬってあげていると聞いて、お母さん達はやさしいな、わたしの家族はすごいなぁと思いました。
 のむことも食べることもできなくなっても、大おばあちゃんは長くがんばったけど、亡くなってしまいました。「最後まで一生けんめい生きてくれたよ」と、お母さんは話してくれました。
 お父さんのおばあちゃんは、いつもやさしくしてくれました。去年、大おばあちゃんが入院して、コロナのせいで病院に入ることができませんでした。退院したら、またお話しできるのにと思いました。
 病院からホームにうつる日、会うことができると聞いてうれしく、家族で出かけました。大おばあちゃんはニコニコいつものやさしい笑顔で元気そうだったので、わたし達はとってもうれしかったです。でも、それから二週間位で亡くなってしまい、信じられない気持ちでした。おじいちゃんとおばあちゃんは、大おばあちゃんを二人でいっしょに見送れて良かったと、話していました。おばあちゃんが仕事帰りに、毎日大おばあちゃんに会いに行っていたので、最後のお別れの時、大おばあちゃんは待っていたのだと思いました。
 いっしょにいられない時、少しでもさびしい思いや辛い思い、悲しい思いをしないようにと、いつも家族が協力し合って大切な時間を過ごしていたお父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん達はすごいなぁ。家族ってすてきだなあと思います。わたしもそんな大人になりたいです。


 

高学年の部

「家族みんなでごはん」
南新宿支部 小六 廣川 德
 
 私は、五人兄弟の四番目でおじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さんの九人で生活をしています。
 私の家族は、朝と夜きまって九人でごはんを食べます。その話を友達にするとおどろかれます。九人でごはんを食べると色々な話を聞く事ができます。例えば、おじいちゃんが「山びこ生活だからね。良いことをいえば、良い言葉がかえってきて、悪いことをいえば悪い言葉がかえってくるよ」と聞き自分がいい行いをすることの大切さを知りました。ときにはけんかもすることがるけれど、おじいちゃんが教えてくれた山びこ生活の話を思い出すとけんかは、あまり相手にも自分にもよくないことが分かり、私から仲直りします。九人でごはんを食べる習慣がなかったら、私の家族は仲が良いなと思うこともなければけんかを自ら仲直りすることもないと思います。
 この習慣は、おじいちゃんが小さいことからある習慣なのでこれを作ってくれた私のご先祖様にとても感謝しています。
 将来私が家庭をもったら毎日家族みんなでごはんを食べる習慣を続けていきたいと思います。